恋する美容師



「……お電話ありがとうございます、Safariiです」






『…………あの、予約してないんですけど………今からカットお願いできますか………』




受話器越しに聞こえてきた彼女の声は、
あまりにも細くて、そして少し震えていた。



今日は寒くもなく、むしろ春の訪れを感じるようなポカポカした日だ。

そんな日に寒くて震える訳がない。




何か悲しいことがあったのか。




俺は電話の向こうの彼女が気になりつつ、戸惑いを隠しながら店員を振舞う。




『少々お待ちください』




俺は一旦受話器を置いて、カラーリング中のブチさんの元へ向かった。




ブチさんは鏡越しに俺を見つけると、お客様に一言かけてから俺に体を向けた。


それと同時に俺も鏡越しにお客様を見る。
嬉しそうに微笑む彼女もまた、ブチさんが異性として好きなのだろう。

ブチさん目当てのお客様も少なくはない、
むしろ大半がブチさん目当てだ。





視線をブチさんに戻し、手短に要件を伝える。



「今電話があって、予約なしで今からカットしてほしいって………」




俺の言葉に、ブチさんは手を顎にやり、少し上の方に目を向けた。
何か考え事をしている時は必ずこうする。

今は暗記している今日の予約リストを頭に浮かべているのだろう。





「ばな(店での俺の愛称、橘のばな)。
オマエ今から空いてんだろ、オマエがしていいぞ」




「ありがとうございます!」





俺は急いで受話器の置いてあるレジに向かい、
彼女に今からカットできる事を伝えて電話を切った。


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