新緑の癒し手
プロローグ
深紅の血は、人類の希望。
そのように語り継がれ、数百年の年月が経つ。
世界で唯一、癒しの力を持つ血液――その者は巫女と呼ばれ、多くの者から敬愛を受け大事に扱われている。
巫女の血は、万病の薬。
だから今日も、多くが巫女の血を求める。
しかし――
誰も、巫女の心情を知らない。
私は「道具」なの?
そう発したのは、何代目の巫女か。
巫女の言葉は一部の者によって封じられてしまい、下々の者の耳に届くことは決してない。
そして今も、採血が続く。
◇◆◇◆◇◆
人間が暮す世界では、癒しの女神イリージアが信仰されている。女神はあらゆる物に慈悲を与え、人間達に最大の贈り物を齎した。それが巫女と呼ばれる女性の体内に流れている、癒しの血。しかし、数十年前から問題が生じる。癒しの力を持つ巫女自体が、消えてしまったのだ。
巫女は癒しの血で多くの者を癒すと同時に、次代の巫女を産む役割も持っていた。だが数十年前、次代を担う巫女が誕生しなかった。故に、癒しの力が失われてしまう。
勿論、多くの者が巫女が失われてしまったことに嘆き悲しみ、同時に死と隣り合わせとなった現実に恐怖心を抱く。今まで巫女の血で怪我や病を癒してきたが、それができなくなってしまった。その負の感情は鋭い刃と化し、巫女の代わりに産まれた男子に向けられる。
何故、産まれた。
お前が、産まれなければ。
癒しの力を返せ。
次々と発せられる非情な言葉。
誰も、巫女が産んだ男子に同情しない。ただ、向ける言葉は己の欲望を前面に出したもの。同時に巫女が次代の巫女を産めなかったことに、女神イリージアが人間を見捨てたのではないかと危惧する。だが、女神が人間を見捨てたことはない。何故なら、再び巫女が誕生したのだから。
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