新緑の癒し手

 どちらかといえばフィーナは物覚えがいい方ではないが、その点に関してダレスがどうこう言うことはない。彼は彼女が覚え理解してくれるまで繰り返し教え、知識を増やしていく。

 そして――

「今日は、これで終了します」

 その言葉で、講義が終了した。

「有難う……」

 普段の癖で敬語を使いそうになったが、先程「敬語を使わないで――」と言われているので、慌てて途中で言葉を止めてしまう。やはり簡単には慣れるものではないので、何処かギクシャクとした言い方になってしまう。

 それに対し、ダレスは特に何も言うことはしない。ただ深々と頭を垂れ、何か用事があったら読んで欲しいと言い残し、フィーナの私室から退室してしまう。そして部屋の中に、扉が閉まる音だけが響いた。


◇◆◇◆◇◆


 フィーナへの講義を終えたダレスは使用していた本を脇に抱えながら、神殿の廊下を歩いていた。彼の性格を反映しているのか、石造りの廊下に一定のリズムを刻む音が鳴り響く。

 今日は昨夜と違い温度が高く、実に過ごし易い。それに初春の日差しは肌に優しく、ダレスの身体を暖める。そして温かい日差しの影響で、庭師が丹念に手入れしている花々が一斉に美しい花弁を開き、甘い香りを周囲に放っている。それに誘われるように蝶や鳥が集まり、花の蜜を吸う。

 綺麗。

 フィーナがこの光景を見たら、そのように感想を漏らしているだろう。だが、ダレスの場合は「綺麗」と認識しても、それに感情が伴わない。そして顔の筋肉も動かず、表情は無のまま。しかし何か惹かれるものが存在しているのか、特に理由もなく暫く目の前の光景を眺めていた。

「何をしている」

 廊下で立ち尽くしているダレスに、誰かがそのように声を掛けてきた。聞き覚えのある相手からの声音にダレスは反射的に振り向くと、自分の目の前にいる人物に深々と頭を垂れた。

 声音を発した者は五十代後半の白髪混じりの男で、身に纏っているのは青を基調とした神官服。名前は、ナーバル・ファーデン。神官の中でも高い地位に存在し、代々神官を輩出する一族。そして巫女フィーナの誕生を誰よりも喜び、フィーナのもとへ使者を出した人物だ。
< 10 / 332 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop