新緑の癒し手

 ふと、フィーナは重要なことに気付く。衣服が吸収した血の量からして、ダレスは確実に血液不足になっている。フィーナに心配をかけまいと気丈に振舞っているが、血液不足は隠し切れず顔色が悪い。

 体外に流れ出てしまった分の血液を補わなければいけないと、フィーナはダレスの為に美味しい料理を提供しようと決意する。それに以前約束したまま果せないでいる菓子作りの件も共に行うと言いダレスの返事を待つが、彼からの返事はあまりいいものではなかった。

「確か、菓子作り以外は……」

「だから手の込んだ料理ではなく、ちょっとした料理になってしまうけどいいかしら。お菓子は頑張るわ」

「でしたら」

 フィーナの料理の腕前を貶しているわけではないが、心配がないわけではない。しかしちょっとした料理であれば手の込んだ料理とは違い、失敗の確立は大幅に軽減される。また、殆んど諦めてしまっていた彼女の手作り菓子を食べられる切っ掛けを逃したくなかったのか、その提案を受け入れていた。

「待っていて。作ってくるわ」

「フィーナ様! 殿下には、このことを……多くの者に、正体のことを知られたくないのです」

「うん。わかっているわ」

 ダレスの為に美味しい料理を作ると張り切るフィーナは、無理はしてはいけないと言い残し部屋を後にする。だが、ダレスに何か言い忘れたのか彼女は扉を閉める直前で脚を止め、言葉を残す。

 その姿、綺麗。

 フィーナの意外な言葉に、ダレスの心臓がドクっと強く鼓動する。それは彼女にとっては何気ない一言であったが、半竜半人の姿を――特にフィーナに見られることを恐れていたダレスにとって救いの言葉に等しく、分厚い氷によって閉ざされてしまった心に何かが宿る。

「有難う……フィーナ」

 彼が囁く言葉を耳にする者はいない。ただ血の臭いが立ち込める部屋の中に広がり、霧散する。しかし、ダレスはそれでいいと思っていた。それは誰にも聞かれてはいけない自分自身の想い。だからこそ想いは深い場所に仕舞い込み、表面に表れないように封印を施す。

 床に無造作に脱ぎ捨てた血を大量に吸い込んでいる衣服を拾うと、部屋の隅に置かれていた植物で編んだ籠の中に投げ入れ、クローゼットの中から新しい衣服を取り出し着替えはじめる。刹那、傷口に激痛が走る。それは封じている感情を刺激しだし、心情を揺さ振りだす。
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