新緑の癒し手
「わかりました」
フィーナに伝言を頼むと、フィル王子は特に異論を唱えることなく立ち去っていく。予想以上に物分りのいい王子様にフィーナは、この王子様ならダレスも正体を打ち明けてはいいのではないかと思うが、彼の気持ちと置かれている立場を思うと、提案はできなかった。
フィル王子が立ち去るのを確認するかのように一瞥すると、フィーナは部屋に立ち入ると徐にダレスの名前を呼ぶ。しかし、相手からの返事はない。フィーナは何かあったのかと首を傾げつつ部屋の中を見回すと、彼が寝台にうつ伏せ状態で横になっていることに気付く。
自分が料理を作っている間に、勝手に何処かに行ってしまったのではないかとダレスの行動を不安視していたが、彼が寝台で休んでいることがわかると安堵の表情を作る。フィーナは外部を遮断するかのように厳重に扉を閉めると、寝台の側に行きダレスの名前を呼んだ。
「……ああ、フィーナ様」
「作ってきたわ」
「いい香りですね」
「でも、手の込んだ料理ではないわ」
「そのようには見えません」
「でも、煮ただけよ」
フィーナがダレスの目の前に差し出したのは、一般的に「野菜スープ」と呼ばれる代物。その料理は彼女の言葉が示しているように、手の込んだ料理ではない。また現在の料理の腕前の表れなのか、野菜の形がどれも歪。それに煮込みすぎたのか、スープの量が極端に少ない。
ダレスは料理が盛られた皿を受け取ると、一口料理を口に運ぶ。正直、見た目は宜しいものではないが味は悪くない。それどころか野菜が柔らかく、これはこれで美味しい。社交辞令を弁えているダレスだが、フィーナの手作り料理に社交辞令を用いることはしなかった。
「美味いです」
「ほ、本当?」
「ただ、形が……」
「練習するわ」
「そういえば、焼き菓子は……」
「焼き菓子は手間と時間が掛かるから、今度……絶対に作るわ。これは、ダレスとの約束だもの。それと、やっぱり怒っていたわ。次に勝負する時は正々堂々と戦って欲しいと言っていて……でも、ダレスの正体については内緒にしておいたわ。ダレスが言うのを嫌がっているもの」