新緑の癒し手

 流石に説教と共に手が飛んでこないだけマシだが、精神的な負担は大きく疲労が蓄積していく。セインは説教を聞きつつ、ここ数日自分の身に起こった出来事について考えていく。

 彼にとって一番最悪だったのは、フィル王子の件か。ダレスとフィル王子の戦いを侮辱した挙句、物凄い形相で睨まれ切っ先を喉に突き付けられた。その結果、王子の前で失禁してしまう。

 それは思い出したくもない記憶だが、このような記憶ほど鮮明に残りやすい。またあの件を思い出した途端、何故か急に尿意が襲ってくる。しかしこの状況を上手く切り抜ける術をセインが持ち合わせているわけがなく、ただ静かに父親の説教が終わるのを待つしかない。

「どうした」

「尿意が……」

「お前は説教を聞くと、尿意を催す体質なのか?」

「今日は特別かと……」

「情けない」

「ご、ごもっとも」

 苦痛に顔を歪め、その場で身体をくねらせている息子からの言葉に、ナーバルの顔が引き攣りだす。だからといって尿意は生態行動のひとつなので、排泄を妨げることはできない。ナーバルは額に手を当て溜息を付くと、例の失態を繰り返さないようにと手洗い場へ行くように促す。

 父親の許しを得たと同時に、セインは股間を両手で押さえつつ手洗い場へ急ぐ。幸い寸前のところで失態は免れたが、再び迫力満点の父親の説教を聞くとなると気分が重くなってくる。といって父親のもとに戻らず行方をくらましたら、説教どころか雷が落下は確実だ。

 現在手が飛んでくることはないが、落雷のオマケというかたちで手が飛んでくることも考えられる。それも両方の頬が腫れるほど叩かれた、整った顔が台無しになってしまう。考えられる最悪の状況にセインは身震いすると、ここは素直に父親の説教を聞くことを選ぶ。

「早いな」

「待っていると思って……」

「勿論だ」

「で、先程の話だけど……」

 セインは自分が置かれている状況を改善しようと、自己弁護をはじめる。何故、フィーナのもとに行ったのか。其処で我が身に降り掛かった災難と、有翼人の卑怯さに付いて語る。そのどれもが「自分は悪くない」と言わんばかりのもので、自分の弱い部分を認めようとはしない。
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