新緑の癒し手
「い、一族の者は?」
「まだ、縋るのか」
「何と申しているのですか」
「当の昔に、お前は見捨てられている。娼婦の件は、前々から問題になっていた。この一族の恥さらしが!」
名門一族の跡取りが、娼婦相手に現を抜かしている。それも女神に仕える見習い神官の立場であったので、尚更評判が悪い。神殿に訪れる者の大半がセインの素行の悪さを知っており、いい噂話のネタとなっている。中には、ファーデン家そのものを馬鹿にする者もいた。
「我が一族は、名門中の名門だ。その一族の名前に、お前は泥を塗った。いや、泥ではなく汚物だ」
「以後、改めます」
「遅い!」
「父上!」
「貴様のような奴に、父と呼ばれる筋合いはない。言ったはずだ、もう二度と私の前に姿を見せるな」
「お、お許しを」
「煩い!」
一人で生きていくだけの才能や技能を持っていないセインにとって〈ファーデン〉の名前が使用できないのは痛手で、散々見下してきた人物にどのような仕返しをされるかわかったものではない。その中でも特に危険人物が数名思い付いたのだろう、額に粘り気が強い汗が滲み出る。
「も、もし……能力があったとしたら、巫女の結婚相手として選んでいただけたのですか?」
何を思ったのか、セインは的外れの質問を行う。彼の質問にナーバルは怪訝そうに眉を顰めるが、最後の情けなのだろうそれについて応えていく。簡単に言えば、無きにしも非ず。名門一族に相応しい人物として生きていたとしたら、選んでいたかもしれないとナーバルは告げる。
しかし能力の欠落が判明する以前に、父親から耳に胼胝ができるほど「品行方正」を命じられた。それを聞き入れず娼婦を抱きたいと言い続け、結果として父親の方が折れるかたちになってしまう。だからあの状況で、セインが巫女の結婚相手として選ばれることはない。
父親の話に自分が仕出かした数々の愚行を思い出し反省するも、それは後の祭り。父親から絶縁の命令を下され、名門一族自体からも見捨てられた。尚且つ見習い神官の地位も剥奪され、神殿にいること自体許されない。まさに何もかも失い、文無し状態で世間の荒波の中に投げ出される。