新緑の癒し手

 伝わらなかったから事細かに説明しなければいけないが、疲れている今事細かに説明するのが億劫。間違っているのなら間違っていてもいいと、レグナスは寝室の床に息子を寝させることにする。だが、その前に温泉に浸かり疲れを癒した方がいいと、温泉へ行くことを薦めた。

「……そうする」

「明日、村の者に事情を話す」

「有難う」

「礼はいい。最低限のことはしてやるが、言ったようにこれからあの娘が努力しないといけない」

「わかっている」

 竜の村に来て精神面の安定は図れるが、異なる種族と異なる文明文化の中で生活を送るのは並大抵の努力ではやっていけない。今、強い自覚を持てというのは難しいが、徐々に適応していけばいい。そして彼等に認められれば、竜の村で長く生活していくことができる。

「父さん」

「何だ」

「いや……今は……」

 ふと、脳裏を過ぎった疑問にダレスは父を呼ぶが、この疑問の回答を出すのは今ではないと判断したのだろう、言葉をはぐらかしうやむやの言い方をしてしまう。息子の不思議な言い方にレグナスは首を傾げるも、言いたいことがなかったら早く温泉に行くように促す。

 ダレスが抱いた疑問というのは、フィーナがこの先どうするのかというもの。彼女は神殿に戻るのを嫌がっているので傷が癒えた後、連れて行くわけにはいかない。だからといって生まれ育った村に帰るのは、立場上無理に近い。なら、彼女の辿り着く場所は何処か――

 一瞬、別の言葉が脳裏を過ぎる。それは一方的な感情から発生したもので、フィーナの考えを聞いたわけではない。ダレスはその思いを振り払うように頭を振ると、今集中しないといけないことを優先する。そして、父に一言「温泉に行く」と言い残し、家を後にした。


◇◆◇◆◇◆


 翌日、レグナスは村の者を集め、ダレスの帰宅と人間の巫女と呼ぶ少女が訪ねてきたことを伝える。村の者はダレスの帰宅を素直に喜んだが、人間が来ていることに動揺を隠せない。ましてや巫女という立場は過去の出来事と重なり合うので、何とも複雑な心境だった。
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