新緑の癒し手
フィーナの発言に、ダレスは強い衝撃を覚える。まさかフィーナの口からそのようなことが発せられるとは思っていなかったのだろう、反射的に「本当にいいのか?」と、聞き返してしまう。ダレスの言葉にフィーナは頷くと、嘘や冗談で言っているわけではないという。
彼女の強い意志に断れる雰囲気ではないが、だからといって好意を抱いている相手と一緒に温泉に――というほど、ダレスの精神面が強いわけではない。ダレスは考えた後、距離を取っての入浴なら構わないと告げると、フィーナは嬉しそうに微笑みそれでいいと返す。
やっとダレスを捕まえられたと思う一方、彼がどのような気持ちを抱いているのか恐れる。もし、自分のことを嫌っているとしたら――強い不安感を抱きつつ、フィーナはダレスの背中に視線を合わしながら歩く。そして脱衣所に到着すると、先にダレスが温泉に入浴した。
ダレスとフィーナがいるのは、温泉の端と端。この距離で互いの声が届かないわけではないが、まさかこれほどの距離を取られるとは思っていなかったフィーナにとって、ショックが大きい。またフィーナの裸体を見たくないのだろう、ダレスは彼女に背を向けていた。
しかし互いの距離が離れているとはいえ、この機会を逃すわけにはいかない。フィーナは深呼吸を繰り返し気分を落ち着かすと、意を決し口を開く。どうして、自分を避けているのか。また、自分を嫌っているとしたら、村の外へ行くだけの覚悟はできていると告げる。
「でも、ダレスは……」
「駄目だ」
ダレスは感情がざわめき出し、落ち着かない。それが明確な恋愛感情だと認識しているが、どのように言動で彼女示していいかわからない。感情のままに突き進めば不幸が待っており、フィーナを悲しませてしまう。ダレスはそれを恐れ、彼女との間に一定の距離を置く。
特に竜の愛情表現の仕方を尋ねられた時が、一番負担が強かった。好意を抱いているのなら噛み付いてしまえばいいが、それが可能なのは同じ種族同士で、相手が正しい愛情表現だと認識しているからこそ可能。そしてフィーナは竜ではなく人間で、ましてや噛み付いたら身体に傷が残る。
フィーナは、自分の肉体が傷付けられることを極端に嫌う。それを理解しているからこそ、ダレスは手を出すことはしない。途切れ途切れに語られるダレスの心情に、フィーナは彼の本音を理解する。それ以上に、自分が大事に思われているからこそ距離を取られていた。