新緑の癒し手
身体が溶けるような甘い口付にフィーナの頭の中に霞が掛かり、思考が半分停止してしまう。また、耳に届くのは互いの心音で、緊張と羞恥心の影響か徐々に鼓動が早まっていく。フィーナはダレスを拒絶することはせず、ただ静かに瞼を閉じ心地いい体温に抱かれる。
一方、ダレスはフィーナを離したくないのだろう、抱き締める腕に力を込めていく。やっと、愛しい者を手に入れることができた。その想いが爆発したのだろう、口付は深いモノへ変化していく。何度も角度を変えての口付はくぐもった声音を生み、互いの想いの深さを証明する。
フィーナのファーストキスを無理矢理セインに奪われ、大粒の涙を流した。絶望に似た感情が支配していたが、今は温かい何かが心の中に広がっていく。あの時とは違い、拙いながらもダレスの口付に懸命に応えようとするが、知識を持っていてもなかなか上手くできない。
その時、口付をしていたダレスが反射的に唇を離す。それと同時に「何をしてしまったのか」と冷静になったのか、舌打ちする。感情の赴くままにフィーナを抱き締め唇を奪ったことに激しい後悔の念が湧きだしたのだろう、ただ「悪い」と繰り返し、彼女を解放する。
「ダレス」
「御免」
「わ、私は……」
「本当に、御免」
「いいの」
「いや、これは……」
「気にしないで」
「しかし……」
ダレスの言葉が、最後までつむがれることはなかった。すると徐に立ち上がると、無礼を働いた彼女の前にいること自体が憚られると考えたのだろう、逃げるように温泉から出て行ってしまう。そしてフィーナは一人、温泉の中で火照った身体を落ち着かせるしかできない。
突然ダレスに口付されたことに動揺したが、だからといって抱き締められる腕から逃れようとは思わなかった。ダレスにあのようにされたことは嬉しく、それ以上に自分を本当に愛してくれていたということがわかり、フィーナは彼の行為に身を委ねてもいいと思った。
しかし、冷静な部分を取り戻したダレスはフィーナを解放し、それどころか本能のままに唇を奪ったことに罪悪感を抱く。勿論、ダレスが謝る理由などなく、愛し合っている者同士、抱き締め唇を重ね合うのは自然の行為。だが、それさえも彼女を傷付けたと勘違いする。