新緑の癒し手
一歩ずつ、前進していけばいい。
フィーナは互いの心がゆっくりと近付いていけばいいと考えていたが、切っ掛けがあったとしてもダレスが一歩引いてしまう。確かにセインの件で精神面に傷を負ったが、彼が側にいてくれたこと回復し、あのように唇を奪われても不快感が身体を支配することはない。
ふと、あの時ヘルバが途中ではぐらかした言葉の先を、何となく理解する。ダレスは好意を抱いている人物を抱き締めたいと思っていたが、それにより二人の関係が悪化してしまうのではないかと恐れている。だから距離を取り、自分が何かを仕出かさないようにしていた。
(だけど、私……)
ダレスの気持ちに全く気付いていないフィーナは、一方的に勘違いし、勝手に嫌われていると思ってしまった。また、ダレスと話をしたいということで一緒に温泉に浸かり、更に苦しめてしまった。その結果があの口付に繋がったのだろう、フィーナの心が締め付けられる。
(私こそ)
もっと早くダレスの苦しみに気付いていれば、このようなことにはならなかっただろう。なら、どうすればいいのか――と、フィーナは考える。自分はダレスを愛しており、その気持ちをきちんと伝えている。だけど、まだ互いの関係はギクシャクとしていて結ばれてはいない。
このままでは、まだダレスが――
それは、絶対にあってはいけない。苦しみ続けているダレスを見ているのは辛く、フィーナも彼を見てはいられない。よくよく考えれば、フィーナがダレスを苦しめているといっていい。甘えてばかりはいられず、傷が癒された今、自分が何とかしてあげないといけない。
フィーナは温泉からあがり脱衣所に向かうと、使用していないタオルが置かれていることに気付く。これはダレスが自分専用に持ってきたものだが、一切使用されていない。フィーナに使わせる為に自分が使用しなかったのだろう、彼のささやかな気遣いに胸が熱くなる。
そうなると身体を全く拭けずに濡れ鼠の状態で、衣服を纏ったことになる。ヘルバが言ったように、本当にダレスはフィーナに対し優しい。いや、この場合は優しすぎるといった方が正しく、あのような切羽詰まった状況でも心遣いを忘れないあたりが、ダレスらしい。
フィーナが残されていたタオルを使い身体を拭くと、素早く衣服を纏っていく。そして使用したタオルを持ち脱衣所から駆け出すと、ダレスと共に暮らす建物へ急ぐが、彼の姿は見当たらなかった。ダレスがいないことにフィーナは落胆すると、二階の寝室へ向かった。