新緑の癒し手

(一体、何処へ)

 このまま、戻って来ないのか。

 それとも――

 寝台に腰を下ろすと、フィーナはダレスのことを思い続ける。その時、口付されたことは嫌ではなかったときちんと言っていれば、このようなことになってはいなかっただろうか。フィーナは枕を抱き締めると顔を埋め、何事もなく無事にダレスが帰宅することを願う。

 静寂の中に、自身の心音が響く。それは規則正しいものではなく、乱れ落ち着きがない。ダレスのことを考えれば考えるほど頭が混乱しだし、枕を抱き締めている腕に力が籠められる。世間一般の恋愛は、これほど苦しいものなのか。ダレス以外の恋愛を知らないフィーナは、自問自答を繰り返す。

 誰かを愛し、告白する。

 互いの心が通じ合い、結ばれる。

 それが恋愛だとフィーナは考えるが、彼女が持つ知識は恋愛小説が多い。あれらの話はヒロインに都合がよく脚色されていることが目立つので、現実の恋愛に当て嵌まらない。ましてやダレスとフィーナは立場が違えば、種族も異なっている。人間同士の恋愛のように、生易しいものではない。

 だけど――

 想いは募る。

 どれほどの時間が経過した頃か、フィーナの耳に規則正しい足音が届く。その音に反射的に顔を上げ枕を投げ捨てると、寝台から飛び出た。やはり先程の足音の主はダレスで、彼と視線が合った瞬間、フィーナは安堵の表情を浮かべ、今日は戻って来ないのかと心配していたと伝える。

「いや、俺は……」

 一体、今まで何処で何をしていたのか。ダレスの表情は暗く、やつれている雰囲気が見て取れた。今日も一階で寝るので、フィーナは寝台を使っていい。ただ休む前に顔を見たいと思い、彼女の前にやって来た。それだけを告げると、ダレスは踵を返し一階へ戻ろうとする。

 すると、フィーナはダレスの外套を徐に掴み、彼の動きを制する。しかしダレスにしてみれば早く一階で休みたかったが、フィーナが引き留め続ける。彼女の行動はダレスにとって更なる負担を招くもので、また温泉の時のような失礼な行動を仕出かすかもしれなかった。

 そのようなことをしたくないので、互いに離れて寝ることを選んだ。そう言い聞かせていくが、フィーナが首を縦に振ることはない。強情とも取れる行動に溜息を付くが、だからといって無理に引き剥がすわけにはいかないので、ダレスはフィーナの説得を続けるしかない。
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