新緑の癒し手

「そういうことなら……」

「すまない」

「父さんが、謝ることはないよ。それに父さんが何を話そうとしているのか、何となくわかる」

「勘はいいな」

「神殿で暮らせば、そうなるよ」

「……そうだな」

 息子の言い分に納得できたのか、レグナスの口許が微かに緩む。父親の反応にダレスも同じように口許を緩めると、父親にこのような早い時間に何をしているのか尋ねる。まさか、何かあったというのか――と心配するも、早朝の散歩なので心配しなくていいと返される。

 更に付け加えられたのは、抱くのなら相手の身体を第一に考えないといけないというもの。突然の発言にダレスは言い返そうとするが、いい言葉が見付からないらしく身体が硬直してしまう。息子の態度が愉快だったのだろう、肩を震わせながら笑うと「それでいい」と、口にする。

 その言葉の意味について、ダレスとフィーナは理解することができなかった。ただ二人とも首を傾げレグナスからの回答を待つも、適切な回答が与えられることはない。それどころか「早く帰宅しないで、他の者に目撃されてもいいのか」と、脅しに近い言葉を言い放つ。

「そ、それは……」

「なら、行け」

「……後で」

 フィーナを抱きかかえ直すと、ダレスは村人に気付かれないように一目散で自宅へと戻って行く。何とも愉快な姿にレグナスは、愛情が籠められた双眸を向ける。そして思い出すのは、遠い過去の出来事。ルキアとの出会いから、互いに結ばれ――彼女の死に至るまで。

「あいつが巫女を連れて来た時は、運命の非情さ残酷さを呪った。だが、女神は決断を下した」

 レグナスが息子に語った「それでいい」という言葉の裏側に隠されていたのは、愛し合っている者同士が結ばれていいというもの。「人間以外の種族だから」と身勝手とも取れる言い分で愛し合っている者同士を切り離していいわけがなく、世の中は人間以外の種族も生きている。

 立場も弁えず、竜が女神の祝福を受けた巫女を愛してしまったから、ルキアは壮絶な死を迎える羽目となってしまった。と、神官達は口を揃えてレグナスを一方的に罵倒するが、差別から来る見下しで二人の仲を引き裂いた時点で、このような結末を迎えるのはわかっていた。
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