新緑の癒し手
「フィーナ様は、此方の本は――」
「いえ、いいわ」
「興味がありましたら、お貸しします」
しかしこれらの本を借りて読んだところで、フィーナが理解できるかどうか怪しい。そもそも現在ダレスから受けている講義でいっぱいいっぱいの状態なので、これ以上は無理だ。
ダレスは片付けていなかった治療に使用していた道具を箱の中に仕舞うと、これをもとの場所へ戻して来ると言い残し、フィーナを部屋に残し出て行ってしまう。一人となったフィーナは冷めてしまった紅茶を口に含むと、今度は全く手を付けていなかった焼き菓子を口に運ぶ。
(まさか、これも……)
ダレスが料理も作れると言っていたことを思い出したフィーナは、紅茶と共に用意されたこの焼き菓子は彼が作ったものではないかと想像する。物事を完璧にこなすダレスなら焼き菓子くらい作れるのではないかと思われるが、もし彼の手作りだったとしたら完全に味で負けている。
ダレスに「お菓子を作る」と約束していたが、これでは味の面では敵わない。最悪、フィーナが作った菓子の方が不味く、彼の口に合わないのではないかと悪い結末が脳裏を過ぎる。
(ど、どうしよう)
そのようなことを考えていると、箱を置きに行ったダレスが戻って来る。するとフィーナの雰囲気が変わっていることに気付いたダレスは、自分がいない間に何かあったのか尋ねる。彼の言葉に慌てて頭を振ると、先程抱いていた疑問――焼き菓子の正体に付いて逆に尋ねていた。
「それは、売られている物です」
「よ、良かった」
「良かった?」
「この焼き菓子がダレスの手作りだったら、私の作った物はダレスが作ったお菓子より美味しくないから……」
「そうでしたか。確かに料理が作れると申しましたが、菓子類は苦手としています。ですので、作れません。練習すれば何とかなるでしょうが、それを行う時間が見付かりませんので」
はじめて知るダレスの苦手分野に、フィーナは驚きと同時に胸を撫で下ろしていた。それは完璧と思われていたダレスが苦手分野を持っていたということと、自分が作った菓子と比べられないで済むという安心感があった。それに完璧そのものの彼は近寄り難い雰囲気を周囲に漂わせていたが、苦手分野を持っているということで周囲と同じ人間だと気付く。