新緑の癒し手

 勿論、全ては作家が生み出した想像の産物なので、現実的には有り得ない物語の数々だが。それでも空想の中から現実の光景を見出し、心の支えとするのは何とも切なく哀しい現実だ。

 読んでいた本に栞を挟み閉じると、フィーナは自身が使用している部屋の中を眺める。普通、神殿という場所は質素なイメージを持たれるが、この部屋はどちらかといえばその言葉からかけ離れている。

 巫女が使用する部屋ということで一流の家具や調度品を揃えたのか、村で質素な生活を送っていたフィーナはいまだにこの状況に慣れない。それに天蓋付の寝台に敷かれている毛布の肌触りはこの世の物とは思えないほどの材質で作られており、まるで物語の中に登場する王族のような待遇だ。

(ダレスの部屋と違う)

 彼女が言うようにダレスが使用する部屋は、質素そのものといってもいい。また必要最低限の物しか置いておらず、派手な生活を送っていない。フィーナは絢爛豪華な部屋より簡素な部屋を好むが、神官達はそれを許さない。要は、巫女は偉大な存在なので平民と一緒ではいけない――という訳だ。

 だからといって、絢爛豪華な部屋が何の意味に通じるのかという疑問に対し、彼等の回答はない。もしこれについてダレスに尋ねた場合、彼の解答は「建前の問題」と言うに違いない。

(明るい)

 窓の外に目をやると、砂粒を撒き散らした夜空に浮かぶ半円型の月の存在に気付く。その冷たい明かりは大地を照らし、ぼんやりとフィーナの身体を青白く染め上げる。日中、大地を眩しく照らし暖かく包み込む太陽と違い、月の存在は物悲しく何処かダレスを見ているようだ。

 彼は太陽というイメージではなく、冷たい月のイメージが似合う。感情を表面に出さず常に冷たい雰囲気を纏い、他者との間に一線を置く。そして意味有りげの影を纏わせ、決して己を曝け出さない。特別な何かを内に抱えているのかと想像するが、明確な回答はない。

 月の化身。

 ふと、そう思う。

 ファンタジー要素満点の表現の仕方に、フィーナは口許を緩めた。これもダレスから借りた本を読んだ影響なのか、自分が考えた表現にとても面白いものであったが笑いは長く続かない。

 月は太陽と異なり、日々その姿を変化させていく。彼もいつか月の満ち欠けのように変化を表面に表して欲しいのだが、これがいつになるかフィーナはわからない。それに月の満ち欠けは言葉の通り満ちるだけではなく存在そのものが欠けてもいき、いつかダレスが――
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