新緑の癒し手

 今日の午前中の予定は、特に何も入れられていない。普段であったらダレスが彼女に勉学を教えているのだが、今日は特別の用事というか神官達に用事を押し付けられたので午前中は外出している。そして採血は一昨日行ったので身体の負担を考え、数日間は行われない。

 それなら、ダレスから借りた本を読み彼の帰りを待つのが一番いい。それにちょうど面白い展開となっている場所で栞を挟んでいるので、彼女自身小説の続きを早く読みたかった。

 湯浴みの手伝いをしてくれた侍女達に再度礼を言うとフィーナは風呂場を後にし、逸る気持ちを抑えつつ駆け足で自身の部屋へ急ぐが、途中でセインに声を掛けられ捕まってしまう。

「そのように駆けますと、お怪我をなさってしまいます。そのようなことがあれば、皆が悲しみます」

 流石、名門出身というべきか。馬鹿で不真面目の烙印を父親から押されているセインだが、フィーナに敬意を示すということは忘れていないらしく、恭しい態度で敬語を用いている。

 しかし彼の性格上、真っ当に神官の職務を遂行できるわけがなく、尚且つ見る人が見れば下心が丸見え状態。そして不幸にして、フィーナはセインが「娼館に通っている」という裏の一面を知らないので彼に普通に接し会話を行っているが、彼の心の中は欲望が渦巻いている。

 彼の目の前にいるのは、将来の結婚相手――というより、妻にする予定の人物。当初は「父親との交換条件」というかたちでフィーナを落とし妻として娶ると考えていたが、彼女を間近で見た時、彼の心が変わった。

 フィーナは「美少女」というわけではないが、神殿で働いている女性の中で一番可愛らしい。それに体型も良く括れも存在し、一部分だけ欠点はあったがそれ以外はセイン好みだ。

 また、普段相手をしている娼婦と違い、彼女は男というものを知らない。この手で抱き自分好みに開発するのも一興だと考えるセインは、頭の中でよからぬ妄想を繰り広げていく。

 だが、妄想は長くは続かない。妄想の影響で彼の顔はだらしなく緩み、気持ち悪い笑い方をしていた。それに恐怖心を抱いたフィーナはセインと距離を取るように後退すると、彼の前から逃げ出した。

 最高の獲物が逃げてしまったことにセインは舌打ちをするが、彼女の後を追い駆けることはしない。父親からの命令の中にある「彼女との愛情」を生み出さないといけないので、彼女が嫌がることはできない。それにもうひとつ、追い駆けない理由があった。彼の近くに別の神官が歩いており、下手な行動を取れば父親に報告がいってしまうことを恐れていた。
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