新緑の癒し手

 自由に生き好き勝手に女を抱く生活を満喫したいセインだが、父親に借金を全て肩代わりして貰った時点で、現在の地位と立場を捨てるのは惜しいと学習する。また、あらゆる面で尻拭いをして貰っているので、父親が命令に出した「品行方正」を実践し何とか踏み止まった。

 しかしいくら「品行方正」を懸命に実践しようが、根の部分にある欲望を押し留めるほど彼の精神は強くはなく、現にフィーナを見ている時のセインは「色惚け」という言葉が似合った。

 あのまま妄想を抱き続けていたら、周囲に漂う雰囲気以外に自分自身の悪い一面が表面に表れてしまっていた。幸い目に見える形でそれが表れることはなかったが、セインは何事もなかったかのようにその場から離れ、人目のつかない場所に逃げるように隠れるのだった。




 薄気味悪い笑い方をしていたセインから逃げ出したフィーナは自室へ飛び込むと、厳重に鍵をかけ誰も立ち入れないようにする。まだ脳裏にセインの表情が残っているのか、彼女の身体は小刻みに震えていた。

 正直、何を考えているのか全くわからない。また、向けられる視線の奥に表現し難い怪しい何かが隠されている。それを本能的に感じ取ったフィーナは逃げ出し、部屋に閉じ篭った。
 怖い。

 助けて。

 早く。

 だが救いを求めてもそれに応えてくれる人物は、今神殿にはいない。フィーナは靴を脱ぎ寝台の上に乗ると、周囲の雑音を消したいのか掛け布団を頭が隠れるように被り静かにダレスの帰りを待った。


◇◆◇◆◇◆


 用事を済ませ神殿に戻ったダレスは、周囲の慌しい光景に何か事件が発生したのかと危惧する。その後、周囲が交わす話を聞き自身の考えが正しいと知ったダレスは、フィーナの自室へ急いだ。

 彼女が閉じ篭っている部屋の前には、フィーナを心配する多くの侍女や神官の姿が見受けられた。誰もが口々に閉じ篭っている理由を尋ね早く鍵を開けて欲しいと願い頼むが、フィーナからの言葉はない。現在の状況に業を煮やした神官の一人が「扉を蹴り破る」と提案を持ち掛けるが、部屋にいる住人が住人なのでそのような失礼な行動が取れるわけもない。
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