新緑の癒し手
第一章 癒しの巫女
巫女の役割は?
そのように尋ねると、人々はこのように回答する。
血で、人々を癒す。
巫女は、人々の支え。
だから、その血を――
人々が言う同じ回答に〈巫女〉と呼ばれる十代後半の美しい少女は、力無く無言で頷く。少女の名前は、フィーナ。今から一ヶ月前に〈癒しの巫女〉と認定され、女神イリージアを祀る神殿に迎えられた。
しかしフィーナは、産まれながらにして巫女の責務を背負っているわけではなく、所謂「突然変異で誕生した巫女」というもので「貴女様は、癒しの巫女です」と神官達に呼ばれても、なかなか受け入れられるものではなく、一ヶ月経過した今でも不安感が彼女の心を支配する。
以前、フィーナは「自分が本当に巫女なのか」と、神官達に尋ねていた。だが、フィーナは正真正銘の癒しの巫女であり、その証拠というのは彼女が持つ緑柱石の髪。緑の色彩を持つ髪は女神の力を受け継ぐ者の証であり、巫女以外の者がこの髪色を持つことは有り得ない。
だから間違いなく癒しの巫女であり、その血を多くの者に分け与えるのが役割だという。周囲が語る話を総合すると、フィーナは間違いなく癒しの巫女。勿論彼女自身、多くの者を救うという使命は理解している。理解しているが、採血に伴う激痛が彼女を苦しめていった。
だが、神官達は彼女の言葉に耳を貸さない。何百年と続いている行為なので彼等はそれが当たり前と思っており、巫女にとっての義務だと言い続ける。結果、彼女の心は冷えていった。
◇◆◇◆◇◆
「フィーナ様」
物思いに耽るフィーナに、彼女と同年齢の若者が彼女の名前を呼んだ。その若者の声音にフィーナは溜息を付くと、黒曜石の双眸を相手に向け「なんでもありません」と、一言返す。彼女の力無い返事に若者は、特に反応を示さない。ただ、手に持っていた本を音をたて閉じるのみ。
常に無表情で表面に感情を出さないのが若者の特徴というのはわかっているが、相手から言葉がないことにフィーナの心が痛む。できるものなら何か言葉を発して欲しいものだが、相手にそれを望むのは酷なもの。だからフィーナは無言を突き通し、表情を曇らせるのだった。