新緑の癒し手
(どいつもこいつも馬鹿にしやがって)
心の中で何度も気に入らない相手に愚痴を漏らすが、現在の彼の心理と行動は明らかに違う。ダレスに怒りをぶつけたことにより一時期上半身に血液が集中していたが、やはり欲望中心に物事を考えている人物。苛立ちと違い、鬱積した何かがセインに揺さぶりをかける。
(くそ!)
どうしようもならない状況に、建物中にセインの絶叫は響く。その絶叫を一階で聞いていたサニアは溜息と共に肩を竦めると、とんでもない人物に店が好かれてしまったと嘆き悲しむ。といって、セインに救いの手を差し伸べることは一切せず、早く出て行って欲しいと願うのだった。
◇◆◇◆◇◆
その夜、ヘルバと別れたダレスは月明かりが差し込む薄暗い室内で、一人で考え事をしていた。今彼を悩ましているのはフィーナに付き纏うセインの存在ではなく、ヘルバが言っていた「二週間」という言葉で、忘れようにも忘れることのできない自分自身の呪いといっていい。
幸い、ヘルバが自分の役割を代わってくれるという。ヘルバは長い付き合いの友人で信頼が置ける人物なので、役割を代わってくれると言ってくれたことに関しては感謝していた。
だが、彼が考えているのは「代理」というわけではなく、これに関してどのようにフィーナに切り出していいのかという迷いの方であった。勿論、フィーナには何も話していないのでダレスが抱えている真実に付いては知らない。そしてそれを聞いた時どのような反応を見せるかどうか、其方の面での恐ろしさもある。何せ、ダレスは純潔の人間ではないのだから。
人間と別の種族の混血児――それがダレスの正体で、特に父親の血を強く受け継いでいる為に普段の生活に強く影響が出てしまう。ダレスの父親はこの世界に生きる種族の中で最も強い力を持つ生き物であるが、同時に繁殖力が極端に低いので種族全体の数は一番少ない。
彼等は〈竜〉と呼ばれている種族で、漆黒の鱗と皮膜形の両翼を持つ爬虫類。吐き出す息はあらゆる物を破壊し、消し炭とする。特にか弱い人間が彼等の息を浴びれば、瞬時に霧散する。
暴力と破壊を司る種族と人間達は恐れているが、彼等の性格は至って温厚で他者から攻撃を仕掛けられなければ自分から攻撃を仕掛けるということはまず有り得ず、普段は高い山と深い谷に囲まれた翼を持たない者が簡単に立ち入れない場所で静かに生活を送っている。