君と僕との物語
あの日、君が僕を救ってくれてから、僕たちはゆっくり言葉を交わすようになった。

君は“スケッチブック”で。

僕は“ピアノ”で。

君の話によれば僕の声はちゃんと出ているらしいけど、もともと話ベタな僕は自分の言葉で語れなくて。
だから君に僕の音を奏でてみたんだ。

僕は聞こえないけれど、僕の指は確かに“音”を覚えていて。

僕の楽しいも、苦しいも、悲しいも。

『今日は楽しいんだね』

『今日は何か辛いことがあったの?』

『泣きたいときは、泣いてもいいんじゃない?』

って、スケッチブックで君が拾い上げてくれるから。

君が僕の“音”を作ってくれるから。

僕は、君に奏でることで確かに『僕の音』を取り戻したんだ。

世界中雑音だらけだと思っていた。
聞きたくないと思っていた。

だけどね、僕は君に奏でながら思うんだ。

『ああ、君はどんな声を奏でるんだろう?』って。

君の声が聴けるなら、僕は静かな世界より雑音だらけの世界の方がいいな。
今は心からそう思う。

「ねぇ、次は何を弾くの?」

唐突に、僕の奏でるピアノよりずっと優しい音が響いた。
優しい音で君は僕を急かす。

「続きは?」

スケッチブックと同じ言葉が君の口から零れ落ちる。
僕はどうしようもなく泣きたくなって、どうしようもなく君に聞いてほしくなった。

ねぇ、次の音を奏でたら、君に僕の気持ちが届くかな?

僕は小さくうなづいて、そして精一杯の気持ちを君に奏で始めた。
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