君が為

「平気です……ありがとう、ございました」


藤堂さんの表情が緩む。
そうか、と頷くと腕を解いた。


「藤堂さん。私にはもう、愛すべき家族も、帰るべき家も……何もありません」


そこで私は口を閉じた。


未来から来たと言うことは言わない方がいい。
言ってしまえば、これから訪れる未来が、全て壊れてしまうだろう。


自分の浅はかな言動で、誰かの存在を消してしまうぐらいなら、一層の事自分の胸だけに納めていよう。


言い籠もった私の頬に、藤堂さんの手が伸びた。
優しく包まれる。


「無理に言わなくていい。俺も、無理には聞かないから」


眼の奥が熱くなった。
何かが込み上げてくるけど、必死に抑える。


初めて会った時の彼とは想像もつかないほど、優しい声だった。
暖かい何かが、胸に染み渡る。


「私を、雇ってくれませんか……」


「ーーー」


藤堂さんは、今日一番の驚き顔を浮かべる。
何処かで、犬の遠吠えが聞こえた。



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