kuro
もし、あの時くろが
日時を設定してこなかったら、
私はくろから逃げていたと思う。
いつか行くねと言った私に
次の月曜日と即座に指定してきた
くろは、きっと私の何かを察知したのだろう。
土日が、きっちり休みの私。
くろのアトリエに初めて行ったのが
金曜日だったから、休日はくろのことしか考えられなかった。
こっそり貰ってきたくろの名刺で
ちゃっかりホームページまで熟読した。
一言で言うと、
くろは、genは、天才だった。
シルバーアクセサリーの相場の3倍の値段でgen のアクセサリーや作品は取引されているらしかった。
でなければあんな高そうなマンションに住めるわけがない。
薄々気づいていたが、
私が貰った蛇の指輪は新作モデルらしかった。
genの作品の特徴は、全て1品しか作らずハンドメイド、そしてネット販売のみのオークション形式いうこと。
そしてファンの中で
薔薇と、蛇のモチーフは激レアの
作品らしく、特に蛇はgenが作る
作品の中でダントツに人気があり値段も桁違いだった。
つまり、今手の中にある蛇は、
くろの今月分の生活を余裕で
賄えるくらいに価値があるものだった。( 推測)
まだ値段つけてないのはお客さまだったのではないかと思うと私の頭はくらくらした。
だからといってこの指輪を返す気があるのかと問われると答えは否だった。
今まで生きてきた中で、
一番心を動かすプレゼントだったから。
これが高い価値のあるものだと分かっても、逆にたとえガラクタであったとしても返すことはしたくなかった。
中指に嵌めるとオニキスがきらりと光った。
返さない代わりにくろがしてほしいことをお返ししよう。
鞄にこっそり持ってきたココアパウダーの瓶とマシュマロに意識を向けた。
会社を出て公園まではあっという間で。
これ以上くろに近づいてはいけないと思う気持ちは3日たった今も変わらない。
けれど、「会いたい」と思う自分にはどんな理屈も勝てなかった。
お礼をしたら、
会うのはやめようなんて。
どこかで言い訳する自分に
ため息を吐いて、
とっくに見えていた
くろのアトリエのインターホンに
手を伸ばした。