kuro
「来ないかと思った。
はやく、きて。」
言葉のあとすぐにフロントの扉がひらい
「来ないかと思った。」
くろは、確かにそう言った。
表情が見えないからどんな気持ちでくろが発したのかはわからない。
でも、やはりばれていたのだ。
そして、待っていてくれたのだ。
耳が心臓になったみたいに煩い。
エレベーターを降り、
インターホンを押す頃には
私の手は微かに震えていた。
押すと同時に中から聞こえる
バタバタとした、足音。
勢いよく開いた玄関から勢いよく
前のめりになりながら迎えてくれた
上下そろいの黒いジャージ姿のくろ。
首からかかる大きな鷹のネックレスが揺れている。
「ちゃんときたね、いらっしゃい。」
偉いと誉めるように頭をさらりと撫でて私をなかに招く。
くろが撫でた箇所をそっとなぞると
くすぐったい気持ちが溢れだした。
それはもう何年も前にどこかに忘れてしまった感情で。
温かくてくすぐったいこの感覚に
嬉しさと多くの戸惑いを感じざるを得なかった。
のそのそと中にはいると、
くろが不思議そうにこちらをみていた。
その手にはマグカップ。
奥にはポットが湯気をたててスタンバイしている。
私はこれ以上気持ちが溢れ出てこないようふるふると首を振って頭から感情を追い出した。
「変なおねーさん。」
くろがキャンドルに火をつけながらそう呟くのが聞こえたが、敢えてそれに触れることはしなかった。
そしてポットをみて思い出す。
「あの、これ。
この前の、お礼、です。」
「え?」
キッチン越しにくろに押し付けるように
袋を渡す。
「ココア.....マシュマロも。
お礼、嬉しい。ありがと。」
ぺこりと頭だけ下げるくろは
なんだか小さな子供のようで可愛かった。
「早速いれよう。」
聞いたことないメロディーの鼻歌を口
ずさみながら上機嫌に瓶を開けるくろに
笑みが零れた。