檻の中
「それはそうと、ジュリエット。君、ここから逃げたくないかい?」
内緒話をするように、声をひそめるヒカル。
そりゃあ、逃げたいけど……。
つい本音を漏らして、イシザキに密告されたらと思うと答えられなかった。
そんなわたしの様子を見て、ヒカルが小さく笑う。
「ふふっ。逃げたいに決まってるよね。君は、外の世界の住人なんだから」
「やめて。わ、わたし……」
慌てて首を振って、彼から離れようとした。
しかし、手首を掴まれて引き戻される。
「大丈夫。地下道では盗聴システムが作動しないから、イシザキさんに聞かれる心配はないよ」
わたしを安心させるような言葉を吐いて、親身な態度を見せる。
何が狙いなのか、全く分からなかった。
殺人者と言えど、ヒカルはまだ子供だ。
殺しのプロであるイシザキに一目を置いているようだし、わたしを危険な罠にはめることはしないだろう。
ヒカルが殺されるのを覚悟しているなら、話は変わってくるけど……。
「な、何なの……?」
わたしは唾を飲んで、純粋そうな瞳を見つめ返した。
「僕は、ここで生まれたんだ。外の世界は写真でしか見たことがない」
「……」
わたしは黙って頷いた。
「本当のことを言うと、外の世界が実在しているかどうかも懐疑的なんだ。もちろん、君たちが外の世界からやって来たことは重々承知しているつもりだけど……」
遠い目をしながら言うヒカルは、嘘をついているようには見えない。
もし嘘をついているのなら、彼は生まれついての嘘つきだと言うことだ。
信じてもいいものか……わたしは迷っていた。
「だけど、彼女たちは僕に教えてくれようとはしなかった。外の世界がどんなものか、知りたいのに……。彼女たちはただ怯えて、助けてと泣くばかりだったんだ」
ヒカルが額に手を当ててため息をつく。
これが演技だとしたら、主演男優賞に匹敵する。
普通の価値観とは違うけど、彼の生い立ちからしたらそれも仕方のないことかもしれない。
うなだれるヒカルを見て、ある疑問が浮かんだ。
「ヒカルくんって、今中学生くらいだよね? この仮想街やらオークションって、そんなに前から存在してたってこと?」
わたしの質問に、ヒカルがゆっくりと顔を上げる。
──彼は笑っていた。