檻の中
ピチャッと頬に生温かいものが飛んできた。
……わたし、生きてる?
自分の身体に変わったところはない。
止めていた息をゆっくり吐き出した瞬間、音を立てて床に何かが転がり落ちた。
目だけを動かして確認すると、それは先ほどまで喋っていたミスターBの頭部だった。
驚愕と恐怖に満ちた壮絶な表情で、わたしを瞬きもせずに見つめている。
よく見なくても死んでいるのが分かった。
首の切断面から血が噴き出していた。
頭部を失った彼の身体はバランスを崩し、後ろへと倒れ込んだ。
「きゃああああっ!」
自分の発した悲鳴がまるで他人のもののように感じた。
だ、誰がこんなことを……?
助かったとは言え、わたしはさらに恐ろしくなった。
残忍な人物がもう一人増えただけのことだから……。
その人物は、幸か不幸かイシザキではなかった。
杖──いや、洒落たステッキと言った方が適切か。
ツイードジャケットにベレー帽の男……。
「やぁ、こんにちは。お怪我はありませんかな、お嬢さん?」
好好爺と言った雰囲気の初老の男が帽子を軽く上げ、目を細めながらわたしを見下ろす。
この人は……少女に熱湯を浴びせていた鬼畜の男だ。
わたしは一気に緊張し、表情を強ばらせた。
「ホホホ。そんな悪魔か幽霊を見るような目で、私を見るのはよして下さらんかな?」
酷く優しい声を出し、老人はわたしにウインクをして見せた。
ミスターBの首を落としたのは紛れもなくこの男なのだが、それらしい武器が見当たらない。
……手品師?
「とにかく、年頃のお嬢さんを畜生のような格好のままにしておくわけにいきませんな」
男はそう言うと、あっという間にわたしの手足の拘束を外し、どこからか取り出したバスローブをわたしに羽織らせた。
本当に手品師だったりして……。