檻の中
まだ恐怖の渦中にいるわたしを見て、男が目尻に皺を刻んで優しく笑う。
「それでは改めて……。私は七福神と申します。以後、お見知りおきを」
七福神──オークションで聞いた名前だ。
確か、わたしを落札しようとして、イシザキに落札されていた。
なぜ、今になって……?
警戒心が沸き起こり、わたしは七福神の顔をまじまじと見つめた。
しかし、まだ礼を言っていないことに気づき口を開いた。
「ありがとうございます……」
「何の、何の。実はミスター殿がこのオペ室に、お嬢さんを運ぶのを偶然にも目撃しましてね。こりゃあ大変だと、私の第六感が働きました」
七福神は若干胸を反らすようにして、誇らしげに言った。
礼を言ったのはこの老人の自尊心をくすぐる為ではなく、自分を守る為だ。
誰だって人から感謝されて嫌な気分にはならないだろうから……。
しかし、七福神の真の目的は何だろう?
「さて……ジュリエットのお嬢さん。前置きはここまでにして、本題に入ろうと思う。お嬢さんの飼い主であるアレックス・イシザキは、私の会社で働いている」
彼がほんの小僧の頃からな、と七福神は低く付け加えた。
話によると、イシザキの育て親同然らしい。
なぜ、そんな話をするの?
わたしは訝しく思いながらも、黙って聞くしかなかった。
「アイツには生きる上で一番大事なこと……、人間の殺し方しか教えて来なかった。あとはそうだな、相手よりも多くの利益を上げる秘訣とかそんなところだ」
七福神の語り口はゆっくりで重みがあり、耳を傾けずにはいられなかった。
年の功か、それとも……。
「アレックスは、お嬢さんに嫌なことをしましたか?」
「えっ……」
ふいに質問を投げかけられ、わたしは戸惑いながらも首を振った。
思い返してみれば、そんなに酷い目には遇わされていないかもしれない。
拷問された少女たちに比べたら……。
「そうだろうな。何せ、あれは人に関心のない男だからな。誰が死のうと生きようと、眼中にない」
七福神はそこまで言うと、軽くため息をついた。
「親である私も、時々あの子の考えていることが分からなくなる。オークションでお嬢さんを大枚はたいて買ったのだって、私に対する挑発じゃないかと……私は勝手に思っているんだ」
その眼差しは、息子の反抗期に頭を悩ませる父親のようだった。