檻の中




 最初は恐怖と絶望しかなかったわたしに、淡い希望を持たせてくれた。


 時には力ずくで押さえつけられたり、怖い思いをさせられたりもしたけど……。


 わたしはどこにも怪我を負っていないし、主人に妊娠させられる哀れな少女たちとは違って、指一本触れられていない。


 イシザキが真の救世主だったのだと、今なら確信できる。



「うっ……うう……。わ、わたし……イシザキさんに買われて、本当に良かった……っ」


 自然と口からこぼれた言葉に嘘はなく、彼にも伝わって欲しいと願った。


 わたしに一億円と言う値段をつけ、魔の手から救ってくれた。


 黙って聞いていたイシザキが、おもむろに口を開く。



「泣いてくれるのか……俺のために」


 聞いたことのない優しい声に、わたしの涙腺はさらに刺激された。


 あなたのためだから、泣くの。


 わたしはしゃくり上げながら何度も頷いた。


 イシザキが手を伸ばし、首輪に触れる。



「これはもう、必要ない。お前は自由の身だ」


 カチ、と音がして首輪が外される。


 自由と言う言葉に、本当に身体が軽くなったような気がした。


 イシザキが犬にやるように、人さし指をクイと曲げて裕太を呼ぶ。



「何だよ……」


「ついでに、お前のも外してやる。ありがたく思え」


 小さな鍵で裕太の首輪を外すと、イシザキは力尽きたように再び倒れ込んだ。



「……イシザキさん! しっかりしてっ」


「俺のことはいい。この道を突き当たりまで進んで、このカードキーで扉を開けて外に出ろ」


 わたしにカードキーを手渡し、廊下の奥を指し示す。


 そして、裕太の方を向いた。



「……女を守るのは、男の役目だ。いいな?」


「あぁ、分かってる」


 イシザキの言葉に、裕太は力強く頷いた。


 そして泣き続けるわたしを立たせると、歩き出そうとした。



「待って……。また、会えるよね?」


 イシザキを振り返ると、ゆらゆらと手を振っていた。



「俺は会いたくない。……二度とガキのお守りはごめんだからな」


「ほら、萌。行こう」


「ありがとう! わたし、あなたのこと忘れない。イシザキさん……アレックス」


 わたしは裕太に支えられながら、イシザキを振り返って叫んだ。



「……さっさと行け。行っちまえ」


 最後の別れの言葉まで、イシザキらしいと思った。


 わたしは泣き笑いの表情で歩きながら、二度と振り返らなかった。




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