檻の中



 ドライヤーで髪を乾かしていると、扉が開いて男が室内に入ってきた。



「時間だ」


「待って! まだ髪が……」


 またしても腕を掴まれたわたしは、乾ききっていない髪を理由に拒んだ。


 しかし、男は自分の任務を遂行することに命を燃やしているのか、聞く耳を持ってくれない。


 引きずられるようにして、静まり返った廊下
を歩かされる。


 これからどこに行くのか、何が待ち受けているのか……。


 わたしは不安と緊張に包まれながら、男の大きな背中を見つめていた。



 廊下の突き当たりのドアを開けると、男に突き飛ばされるようにして部屋に押し込まれた。


 わたしは前のめりに倒れそうになり、地面に両手をついた。



「痛ぁ……」


 顔を上げると、目の前にほっそりとした足があった。


 黒いスーツを着た若い女が立っている。


 茶色く染めたショートヘアーに、ややつり上がった目……。


 いかにも意地悪そうな感じで、わたしは無意識に身構えた。



「あなたが206番ね?」


 女が腕を組んだまま、顎を突き出すようにして言う。


 わたしは無言で頷きながら、女の名前が『山口』であることを名札で確認した。



「この用紙に必須事項を記入して」


 山口はテーブルの上に置かれた白い紙を指差し、わたしに椅子に座るよう促した。


 名前と生年月日、住所、職業、家族構成、恋人の有無……。


 わたしは少し迷ったが、正直に書くことにした。



 恋人はいますか?──YES


 恋人の名前を記入してください──片桐裕太



 裕太……今、どうしてるかな?


 わたしは急に彼が恋しくなり、唇に指先を押し当てた。





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