檻の中
一億円で買われたわたしの待遇が良くなったかと言えば、そうでもない。
オークションが終了すると、別室に連れて行かれた。
そこはパパの書斎と似たような部屋で、本棚と調度品に囲まれていた。
「やぁ、こんにちは。君が206番ちゃんだね?」
大きな机で書き物をしていた男が顔を上げ、わたしに笑いかけた。
やや頭髪の薄い、四十代くらいの優しそうな顔立ちをしている。
男は万年筆を背広の胸ポケットに差すと、ワンピースの裾を握りしめているわたしに歩み寄ってきた。
「私は所長の田中です。よろしく~」
軽やかに言いながら手を差し出す。
わたしはおずおずと田中と握手をして、促されるまま椅子に座った。
背後にプロレスラーの男の気配を感じる。
変な真似をしたら、ただちに取り押さえるぞ──と言わんばかりに、わたしを監視しているのだろう。
「まぁまぁ、そんなに緊張しないで。何か飲むかい?」
田中に顔を覗き込まれ、わたしは俯きがちに首を振った。
「森。女の子が好きそうな飲み物用意して」
田中が振り返って、秘書らしき若い男にきびきびと指示を出した。
森と呼ばれた男の顔は青白く、キリンのように首が長い。
わたしはひそかに、彼をキリンと呼ぶことにした。
「……どうぞ」
キリンがわたしの前に、オレンジジュースを置いた。
実は、喉がカラカラに渇いていた。
コップに手を伸ばし、オレンジジュースに口をつけるわたしを田中がじっと見つめてくる。
「んっ……!」
飲んだ瞬間、わたしは激しくむせた。
ただのオレンジジュースではなく、オレンジがベースのどろりとした生臭い液体だった。
「森。お前、何を飲ませたの?」
「オレンジジュースですが……」
キリンを横目で見てから、田中はコップを持ち上げて鼻に近づけた。
「バカだな。これはオレンジジュースじゃなく、特製のスタミナドリンクだ。オレンジと生卵と精力剤が混ざっている」
「はぁ、すみません」
二人のやり取りをよそに、わたしは吐き気を催して何度もえずいた。
こんなの人間の飲み物じゃない……!
「ごめんねー、206番ちゃん。森は後でボクがたっぷりお仕置きしておくから」
田中は揉み手をしながら嬉しそうに笑った。