檻の中
キリンが運んできた冷たい水を一気に飲み干すと、喉に張りついたヌルヌルがやっと取れた。
ほっと一息ついたわたしを見て、田中がテーブルの上にある書類を手に取った。
「契約書に名前書いてくれるかな。判子の代わりに拇印でいいよ」
闇社会の人身売買に契約書など必要があるのか甚だ疑問を感じながら、わたしはペンで自分の姓名を書いた。
親指に朱肉をつけ、拇印を押す。
落札者──アレックス・R・イシザキ
その名前を見て、日本人ではないのかもしれないと不安になった。
小説や映画の世界では、外国のマフィアや密売人が残忍に描写されていることが多い。
現実の世界でも、治安の悪い国はたくさんあるし……。
田中にイシザキのことを尋ねようとしたが、顧客の個人情報を教えてくれるはずがないと思い直した。
「はい、ありがとう。206番ちゃんは物分かりがいいから、仕事がはかどるなぁ。ご褒美に美味しいキャンディをあげよう」
はい、と田中がわたしの手にキャンディの包み紙を二つ乗せた。
まさか毒入り? 変な味がするとか……。
先ほどのこともあり警戒するわたしに、田中が声を上げて笑う。
「大丈夫だよ! ボクは騙したり、罠にはめるのは嫌いだ。気に入らないことがあったら、身体で教え込むよ」
そう言って田中が指差した先に、数種類の鞭が壁に吊るされていた。
長さや材質が様々で、中には先端に鎖やトゲのついた鞭もある。
優しそうなのは見かけだけで、所長の座に就いているだけあり、田中にも相応の裏の顔があったと言うわけだ。
「これがホントの飴と鞭! なーんちゃって。ヒャハハハ」
自分の言葉に手を叩きながら受けている田中を見て、わたしは当然ながらニコリともしなかった。