檻の中



 ピンポーン


 チャイムが鳴った瞬間、イシザキは素早く扉に近づき覗き穴から訪問者を確認した。



「入れ」


 イシザキが短く言って、扉を大きく開く。



「失礼しまーす」


 青い作業服の男が台を押しながら部屋に入ってきた。


 部屋の中央に台を固定すると、モニター画面の設置を始めた。



「はい、完了でーす。イシザキ様。こちらの書類にサインを頂けますかぁ?」


 作業服の男が愛想よく、イシザキにボールペンを差し出す。


 しかしイシザキはそれを無視して、書類に目を通した。



「たかが運搬作業に、五万も請求しやがるのか。因果な商売だな」


「モニター貸付と電気代も込みでのお値段ですので、他のお客様からは良心的だと大変喜ばれております!」


 作業員は誇らしげに胸を張りながら、イシザキの睨みにも動じることなく言った。


 見た目は普通の青年だが、ここで働いていると言うことは一般人ではないのだろう。



「さっさと出ていけ」


 サインをした書類を放り投げると、イシザキは背を向けてモニター画面に近づいた。



「ありがとうございましたー!」


 作業員はあらぬ方向に投げられた書類を素早くキャッチすると、礼儀正しく頭を下げて部屋から出て行った。


 隅っこに立ち尽くすわたしの方を一度も見ることなく……。


 不自然なくらい、視線を全く感じなかった。


 買い主以外とは目を合わせたり、言葉を交わしてはいけないと言う規則でもあるのだろうか。



「貴様のロミオは死にかけている」


「……っ!!」


 わたしはモニター画面に映し出された裕太の姿を目にして、思わず両手で口元を覆った。


 所々コンクリートが剥がれた地面に横たわり、半開きの目には生気が感じられない。


 よく見なくても、明らかに衰弱しているのが窺えた。



「裕太……裕太! わたしの声、聞こえる!?」


「無駄だ。向こうにはモニターがない。奴は、食べ物どころか水もろくに与えられていない」


「そんな、酷い……! 死んじゃうじゃない」


 わたしはモニターを食い入るように見つめながら、怒りとショックに身体を震わせていた。





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