檻の中
すると、冴子は訝しげな顔でわたしを見つめ返した。
「なぜ? こんなに恵まれた生活を送らせてもらってるんだから、そんな罰当たりなことを考えたりしないわ」
「えっ……?」
わたしは耳を疑った。
誘拐されたのに、恵まれた生活だなんて……。
教室に盗聴器が仕掛けられていて、それを気にしての発言ならまだ分かる。
しかし、彼女の表情や態度には怯えなど微塵も感じられなかった。
まさか、本気でそう思っているのだろうか?
「だ、だって冴子にも家族や友達がいるでしょ。このままじゃ一生会えないんだよ。いいの?」
わたしは小声ながら必死に訴えかけた。
冴子がため息をつきながら静かに、だが力強く首を振る。
「説得しようとしても無駄よ。あたしの心は、もうご主人様とともにあるわ。“冴子”として、この世界で生きていくことに喜びを感じているの」
揺るぎない確信に満ちた口調だった。
わたしは呆気に取られながら、冴子の顔を見つめることしか出来なかった。
誘拐された直後は、きっとわたしと同じように不安に怯えていたに違いない。
何が、彼女を変えた?
恐怖か、生への執着か……。
あるいは主人による洗脳の賜物か。
いずれにせよ、冴子は自分の現状を受け入れることで自分自身を守ってきたのだろう。
同じ境遇の子と出会えたと言うのに……。
何とも複雑でやるせない気持ちになった。
「あ、そうだ。あたしのご主人様、見る? ほら、イケメンでしょう」
急に弾んだ声を出したかと思うと、冴子は携帯をわたしの前に差し出した。
待受画面に、三十代くらいの男が写っていた。
どこにでもいるような、大人しそうな優男と言ったところか。
これが冴子の買い主……。
あまりに普通の人すぎて、逆にそら恐ろしくなった。
「冴子は、その人に痛い目に遭わされたことないの?」
「あるわけないでしょー。優しいんだから、あたしのご主人様は!」
屈託なく笑いながら、うっとりした目で携帯画面を見つめる冴子。
ダメだ……完全に恋する乙女だわ。
わたしは冴子に話しかけるのを諦めて、教室を見回した。