檻の中
ふと、ある机の上に置かれた一輪の花が目に留まった。
「……ねぇ。あれは何?」
わたしが声をかけると、冴子はあぁ、と気のない返事をした。
「昨日、亡くなった子の席よ。ご主人の都合で処分されちゃったみたい」
「えっ?」
「可哀想だけど、この世界じゃ珍しくもないことよ。あたしたちの運命は、ご主人様次第だから」
恐ろしいことをさらりと言ってのける冴子に、わたしは何だか宇宙人と話しているような気分になった。
言葉は通じるのに、話や気持ちが通じないと言うことの恐怖をひしひしと感じる。
「冴子は……怖くないの?」
わたしは少しでも彼女の心を覗いてみたくて、その綺麗なビー玉のような目を見つめた。
「怖くないわ。だってあたし、ご主人様を信じてるもの。ご主人様もあたしがいないと生きていけないって言うし、あたしだって……」
冴子はそこまで言うと、視線を落とした。
長い睫毛が微かに震えている。
薄い氷の上で成り立っているような信頼関係だからこそ、そんなふうに自分の胸に言い聞かせるしかないのかもしれない。
「おっはよー!」
教室の扉が開いて、明るい声とともに一人の少女が駆け込んできた。
ピンク色に染めた髪をツインテールにした、二次元の世界から飛び出してきたような可愛い子……。
「おはようって完全に遅刻じゃない、みるく」
冴子が机に頬杖をつきながら、ニヤリとする。
みるく……名前までアニメっぽい。
「いいんだよ、ご主人様同伴の用事だったんだから! あれ? この可憐な美少女は新入りちゃん?」
みるくと呼ばれた少女がわたしを見て、大きな目をパチパチさせる。
「あっ……わたし、あの、ジュリエットです」
言い慣れない名前をもごもごと口にしながら、わたしはみるくの遠慮ない視線を避けるように俯いた。
すると、みるくが手を伸ばして首輪に触れた。
「アレックス・イシザキ……。あたし、ジュリエットのご主人様を知ってる! あたしのご主人様と知り合いだもん」
みるくが両手を絡ませながら、嬉しそうに言った。
どうやらイシザキは顔が広いらしい。
「一度会ったことがあるの。ハーフっぽくて格好いいよね! まっ、あたしのご主人様には負けるけど~」
「よく言うわ、みるく。あんなゴツい筋肉馬鹿のどこがいいんだか」
「もう、冴子ってば! あたしのご主人様をいつもそうやって馬鹿にするんだからぁ」
二人の言い合いをぼんやり聞きながら、わたしは居心地の悪さを感じていた。
どうして、彼女たちは笑っていられるの?
自分だけが取り残されたような気分に陥り、不安と焦りを覚えてしまう。