檻の中



 しばらく歩くと、ラムチョップはクリーム色の建物に入って行った。


 ほのかに甘い匂いがして、わたしは鼻をひくつかせた。


 何となく懐かしいような気持ちになる。


 この匂いは……ミルクだ。


 どこからか、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


 手をぶらぶらさせながら、無機質な廊下を大股で進んで行くラムチョップ。



「ね、ねぇ。ここはどこなの?」


 焦れったくなって話しかけると、ラムチョップはニンマリして人差し指を突き立てただけだった。


 その太い指には、ロック歌手が愛用しているようなシルバーのゴツい指輪が沢山着けられている。


 あれで殴られたら血まみれになりそう……。

 
 ふいに、白い扉が開いて看護師が出てきた。


 もしかして、ここは病院なのだろうか。



「ラムチョップ様、どちらへ?」


 看護師の女がすれ違いざま、タイミング良く言葉を投げかける。



「へっへ。下見だよ、下見。俺の妻は初産だから、環境のいい部屋を用意してーんだ」


「さようですか。どうぞご自由に」


 看護師はニッコリすると、すぐに笑みを消して廊下の奥へと姿を消した。


 妻……初産?


 ラムチョップの言葉に、わたしはあることに思い至った。



「もしかして、あなたの奥さんってみるく?」


「うひょ! 何だ、俺のハニーを知ってやがるのか」


 ラムチョップが可笑し反応を見せるが、わたしは真顔にならざるを得なかった。


 よりによって、みるくの主人だったなんて……。


 彼女はラムチョップの子供を身ごもっていると言うわけだ。


 悪い人間ではなさそうだと、気を許してしまいそうになった自分に腹が立つ。


 ここに出入りしている連中はみんな、人身売買に関わっていると言うのに!



「みるくから、わたしの話を聞かなかった?」


「うーん、聞いたかもしれねぇ……。でも俺、みるく以外の女に興味ねーからさ」


 あっけらかんとした笑顔で言い放つラムチョップに、わたしは脱力感を覚えた。


 愛されてるんだね……みるく。


 それが果たして彼女にとって良いことなのか、もはや考えることも出来なかった。





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