檻の中



 その帰り道、わたしは専用地下道を歩きながら考え事にふけっていた。


 あの子供たちは暗闇の中で生まれ、暗闇の中で一生を過ごすのだろう。


 屈託のない笑顔を思い出すだけで、胸がギュッと締めつけられた。


 幸せって何なんだろう、と……。


 太陽や空や雨を知らずに、仮想街が現実だと思い込んでいる子供たち。


 いつかここが崩壊し、彼らが本物の現実の世界を知る日が来ますように──。


 ふと、視界の端に黒い人影をとらえた。


 考え事をしていたわたしはドキリとし、一気に警戒心を抱いた。

 

「……誰?」


 立ち止まり、怪しい人影に恐る恐る声をかける。


 すると、人影が弾むように近づいてきた。


 ぼんやりとした灯りの下、姿を現したのは青白い顔をしたゾンビだった。


 充血した目に、牙の生えた口から血を垂らしている。



「きゃあああっ!」


 地下道内に、わたしの悲鳴がこだまする。


 ゾンビがさらに近づいてきた。


 走って逃げようとするけど、足が思うように動かない。


 逃げなきゃ……殺される!


 よろめきながら走るわたしの肩をゾンビが掴んできた。



「いやぁああっ!」


「ジュリエット、僕だよ!」


 ……え?


 ゾンビが喋った?


 この声はもしかして……。


 ゾンビの被り物を脱ぐと、源ヒカルがわたしにニッコリ笑いかけてきた。



「な、何だ。ヒカルくんか……」


 わたしは胸に手を当てながら、安堵のため息をついた。


 しかしゾンビほどではないが、この少年もかなりの危険人物だ。


 何せあの蛇爆弾……。



「そうだ! あなたねぇ、どういうつもりなの? 蛇に爆弾をしかけて……危ないじゃない」


 あのときの恐怖と怒りを思い出し、わたしは声を尖らせた。


 ヒカルは目をパチパチさせた後、少しバツが悪そうな顔ではにかんだ。



「あぁ……あれ? 君にサプライズのつもりだったんだけど、お気に召さなかったかな」


 その悪びれない言葉に、わたしは戦意を喪失した。


 話して分かってくれるような相手ではないのだ。
 

 そんな人間など、ここには存在しない。




< 99 / 148 >

この作品をシェア

pagetop