ma cherie *マシェリ*
苦い思い出なんだろう。

アイちゃんは、その気持ちを掻き消すかのように「タバコ吸っていい?」と言ってタバコを手にして、火をつけた。


「小さな田舎町だからさ、噂なんてあっという間に広まって……それからが大変だった」


「だろうな」


「相手は開業医の息子だったからさ。息子の将来に傷が付くのを恐れたんじゃない? 家族そろってどこかへ引っ越してしまったんだ。それで、おしまい……」


「そいつから連絡は?」


「全くないよ。どこへ行ったのかもわかんないし。ほんとあっけなくて……オレ一人捨てられた気分だった」


なんて言えばいいか、言葉も見つからないオレは

「辛かったな……」

そんな風に言うのが精一杯だった。



「ま、ね。でもほんとに辛かったのはその後だよ」


「後……?」


「オレ、一人息子だからさ。オレには何も言わなかったけど、親は、相当ショックだったと思う。なんとなく親との関係が気まずくなったんだ。あと周りの反応がね……」


「やっぱ、そういうもん?」


そういうことが明るみになった時、周りのヤツの反応ってやっぱ冷たいもんなんだろうな。


「まね。あからさまに正直な反応するヤツもいたよ。それこそ面と向って『オカマ』とか『キモい』とか言ってくるヤツもいたし」


ああ……それこそ容易に想像できるな。

きっと何も考えずにそういうこと言っちゃうヤツっているだろうな。

人間って、自分達と違うもの、異端とか少数派ってやつを排除したがるもんだから。


「まぁ、そう言うヤツらって元々仲良くもなかったし、無視すりゃいいだけの話なんだけどね。目に見える相手だからまだマシだった。怖かったのは、目に見えないヤツらだよ」


「目に見えないヤツ?」
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