ma cherie *マシェリ*
オレはすぐにそちらに向かう。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


「えーと……」


女性は戸惑いながら店内を見渡す。


そしてある一点を見つめると、ホッとしたような表情でにっこり微笑んだ。


「あの……待ち合わせなんです」


その視線の先を見た瞬間、オレの体は動かなくなった。


洋書から顔をあげた佐伯さんが、優しく微笑んでこちらに軽く手を振っていた。


いや、正確に言えば、“その女性”に向かってだ。



席につくと、二人は顔を付き合わせるようにして、メニューを覗いていた。


「ここのタルトは絶品なんだよ」


佐伯さんはその女性に、マシェリのスイーツや飲み物について説明をする。

彼女はニコニコ笑いながら、まるで「おまかせするわ」とでも言いたげに佐伯さんの話に耳を傾けていた。


――奥さんだ。

二人の間に流れる空気からそれは間違いないと感じた。

そして何よりも、彼女の大きなお腹がその関係を主張していた。

佐伯さんがいつもと違ってソファ席を選んだのは、彼女の体を気遣ってのことだったのだろう。



「お決まりですか?」


「じゃ。洋ナシのタルトとカモミールティーで」


そう言う奥さんの声は落ち着いた優しいものだった。

きっと幸せなんだろう。

――そんな気がした。



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