ma cherie *マシェリ*

・甘い誘惑

ピューって……風の音がこちらまで聞こえてきそうだ……。

窓の外では木枯らしが街路樹の枝を揺らしてる。

寒さにめっぽう弱いオレはこの季節が超苦手。すげぇ憂鬱。


ついこの間、年が明けたと思ったら、もう2月か。

なんか年々月日が経つのが早くなってる気がする。

……なんて、おっさんみたいなことを考えてるオレは阿久津真尋(アクツ・マヒロ)。

出身は千葉だが、現在は大阪の某大学に通う3年生で歳は21。


只今、『ma cherie』(マシェリ)という名のカフェにてバイト中。


マシェリはスイーツがどれも美味しいと評判の人気店だ。

規模としては大きめで、店内とテラス席を合わせれば100席ほどある。
(もっともこの時期に、テラス席を選ぶもの好きな客はほとんどいないけど……)

店の中央にはオープンなキッチンスペースがあり、客席からもそこで働いているスタッフの様子が見える。


ちなみにオレの担当はフロアでの給仕。

服は白シャツに黒パンツ。丈の長いエプロンを腰に巻いてて、おそらくみんながイメージするギャルソンって感じだと思う。

この店はイートインだけでなく、ショーケースに並ぶスイーツをテイクアウトすることもできる。

バレンタインが近いこの頃では、ショーケースの半分以上を占拠しているのは、チョコレートだ。

さっきも学校帰りの女子高生達が「可愛い~」を連呼しながら、買っていった。

只今、平日の夕方4時過ぎ。
お茶をするには少々遅く、夕飯にはまだ早い中途半端な時間。


今日はめずらしく客もまばらなため、つい気が緩む。

そういや……昨日、あんま寝てないんだよな。

ふわぁ……と声に出そうになったあくびを噛み殺していたそのとき。


ドアが開き、ひと組のカップルが現れた。



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