ma cherie *マシェリ*
ドアの開く音と同時に小さな悲鳴が耳に入った。
まだキスをされながらも横目でチラりと見ると、廊下の奥にある事務所から出てきた女の子が、目をまん丸にしてつっ立ってた。
まるでたった今、冷凍庫から取り出されたかのように、ガチガチに固まって。
やっべ……。
オレは慌ててレイコさんの体を離す。
「お客様! ご気分はもう大丈夫ですか? あ……とりあえずトイレへどうぞ!」
「えっ? ちょ、やだっ、マヒロ君っ」
何か言いたげな彼女の体をぐいぐい押して無理やりトイレへ押し込んだ。
我ながら苦しすぎる言い分けだろっ。
「ハハハ」なんて乾いた笑いをしながら、相変わらず固まったままの女の子の方を向いた。
「テンシちゃん。今の内緒ね?」
そこで彼女はやっと気を取り戻したのか、眉間に皺をよせると、ムッとしたような表情でオレを睨みつけてきた。
「あたし、テンシじゃありません! アマツカです!」
彼女の名前は天使早紀(アマツカ・サキ)。
マシェリの見習いパティシエだ。
専門学校を卒業してこの春マシェリに入店したから、歳はオレよか1つ下。
初めて彼女の名前を見たとき、“テンシ”って読むんだと思ったんだ。
つか、普通そう読むでしょ?
それでオレは彼女のことを「テンシちゃん」て呼んでるんだけど、どうやらそれが気に入らないらしい。
子供の頃に名字のことでからかわれた経験がトラウマになっているらしく、オレがそう呼ぶたびに頑なに否定する。
そのムキになる姿がおかしくて、オレはまたつい「テンシちゃん」なんて呼んじゃうんだ。
バタバタと逃げるように歩きだしたテンシちゃん。
なんとなく気になって、オレも彼女の後を追った。
「そんな心配してついてこなくても、別に、誰にも言いませんよ」
彼女はキッチンに向かうと、その脇に備え付けてある水道で手を洗い始めた。
指の間や爪の隙間も念入りに洗ったあと、備え付けのペーパータオルで自分の手を拭う。
「いや。別にそういうわけじゃないけど……」
バツが悪くて口ごもるオレに、彼女はなぜかもう一枚引き抜いたペーパータオルを差し出してきた。
相変わらず険しい顔で、じっとこちらを睨みながら。
「マヒロさん。ついてますよ、口紅」
「え? マジ?」
慌てて唇を拭うオレ。
「あー……ありがとね。テンシちゃん」
「アマツカです!」
プリプリと怒りながら去っていく後ろ姿を見ているとなんだか可笑しくて、オレは肩を震わせて笑った。
まだキスをされながらも横目でチラりと見ると、廊下の奥にある事務所から出てきた女の子が、目をまん丸にしてつっ立ってた。
まるでたった今、冷凍庫から取り出されたかのように、ガチガチに固まって。
やっべ……。
オレは慌ててレイコさんの体を離す。
「お客様! ご気分はもう大丈夫ですか? あ……とりあえずトイレへどうぞ!」
「えっ? ちょ、やだっ、マヒロ君っ」
何か言いたげな彼女の体をぐいぐい押して無理やりトイレへ押し込んだ。
我ながら苦しすぎる言い分けだろっ。
「ハハハ」なんて乾いた笑いをしながら、相変わらず固まったままの女の子の方を向いた。
「テンシちゃん。今の内緒ね?」
そこで彼女はやっと気を取り戻したのか、眉間に皺をよせると、ムッとしたような表情でオレを睨みつけてきた。
「あたし、テンシじゃありません! アマツカです!」
彼女の名前は天使早紀(アマツカ・サキ)。
マシェリの見習いパティシエだ。
専門学校を卒業してこの春マシェリに入店したから、歳はオレよか1つ下。
初めて彼女の名前を見たとき、“テンシ”って読むんだと思ったんだ。
つか、普通そう読むでしょ?
それでオレは彼女のことを「テンシちゃん」て呼んでるんだけど、どうやらそれが気に入らないらしい。
子供の頃に名字のことでからかわれた経験がトラウマになっているらしく、オレがそう呼ぶたびに頑なに否定する。
そのムキになる姿がおかしくて、オレはまたつい「テンシちゃん」なんて呼んじゃうんだ。
バタバタと逃げるように歩きだしたテンシちゃん。
なんとなく気になって、オレも彼女の後を追った。
「そんな心配してついてこなくても、別に、誰にも言いませんよ」
彼女はキッチンに向かうと、その脇に備え付けてある水道で手を洗い始めた。
指の間や爪の隙間も念入りに洗ったあと、備え付けのペーパータオルで自分の手を拭う。
「いや。別にそういうわけじゃないけど……」
バツが悪くて口ごもるオレに、彼女はなぜかもう一枚引き抜いたペーパータオルを差し出してきた。
相変わらず険しい顔で、じっとこちらを睨みながら。
「マヒロさん。ついてますよ、口紅」
「え? マジ?」
慌てて唇を拭うオレ。
「あー……ありがとね。テンシちゃん」
「アマツカです!」
プリプリと怒りながら去っていく後ろ姿を見ているとなんだか可笑しくて、オレは肩を震わせて笑った。