ちょっと黙って心臓
言葉が、途切れる。不意に夏川が、私の左手を掴んだからだ。

そしてそのまま、意外にも強い力で引っ張られて──私は思わず、床にひざをついた。



「いっ、な、なに……」

「やだ」

「は?」



ぽかん、と間抜けな表情で、すぐ近くにある夏川に視線を向ける。

びっくりするくらい真剣なそのカオに、心臓が大きく鳴った。



「やだ、どこも行かない。だってオレがいなくなったら、藤倉サンまたフェンスに登るんでしょ?」

「だ、だったらなに……」

「じゃあ、ここ動かない」



言いながら、私の腕を掴む手の力が強くなるから、さらにどくどくと鼓動が速まる。

……ああ、もう、だから、この感じ苦手なんだってば。

私は下くちびるを噛みしめて、目の前の夏川を睨む。



「あ、あんたに、関係ないで──」

「関係あるよ。だってオレ、藤倉サンに一目惚れしたから」



今度こそ言葉を失って、呆然と夏川を見つめた。

にっこり、それこそ花が咲いたみたいに、また夏川が笑う。



「だから、藤倉サンにいなくなられると困る。もっと仲良くなって、あんなコトもこんなコトもしたいし」

「ば、馬鹿じゃないの……」

「馬鹿でもいいよ。藤倉サン、もうちょっとここ飛び降りるのはガマンして、オレと一緒にいてよ」



ぎゅっと抱きしめられる。体温が上がる。

触れ合ったところから、夏川の心臓の音も聞こえて。そのまま、私のものと混ざりあった。



「……ッ、」



たぶん、今の私は真っ赤な顔をしていて。

それなのにずいぶん余裕がありそうな夏川が、なんだか悔しくて。

少しでもその余裕を崩してやりたいと思う自分がいて、真っ白なシャツの背中にしがみついた。


ドキン。ドキン。

ああもう、うるさい。うるさい。

やっぱり、心臓の音なんて嫌いだ。









/END
2014/10/13
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