ちょっと黙って心臓
「いいないいなー! ここのお店にいたことないよね?」

「ああ、ないですね」

「いいなあ、私もネコちゃんと遊びたいなー」



カウンターに頬杖をついて、うっとりしながら呟く。

そしてふと、思いついた。



「ねえ、花岡くんってひとり暮らしだっけ?」

「そうですが」

「じゃあさ、今度ネコちゃんに会いに行ってもいい? おみやげ持ってくからさー」



私に背を向けて作業していた花岡くんが、そこでくるりとこちらを振り向いた。

相変わらずの無表情で、まっすぐ私の目を見ながら口を開く。



「それは別に構いませんけど。ちゃんと覚悟決めてきてくださいね」

「へ? 覚悟って、何の?」



きょとん、と聞き返す私に、花岡くんはやっぱりいつもの真顔で。



「俺、一応男なんで。若い女性が自分の家に来たら、それなりにエロいことしますよ」

「……へっ?!」



思わず、すっとんきょうな声を上げた私。そんな私から、目を逸らさない彼。

じっと見つめ合ったまま、なんとも言えない空気が流れた数秒後。



「ッ、」



自動ドアの開閉音とともにピロローン、とお店にお客さんが入ってきた音がして、びくりとからだを震わせた。

顔を上げた花岡くんがいらっしゃいませー、と、抑揚のない声でお決まりのセリフを言う。

お客さんは会社帰りらしいスーツ姿の男性で、犬用ガムを手に取るとまっすぐレジに向かってきた。

その人はもともと、買うものを決めていたらしい。入店してからものの5分もしないうちに、店を出て行ってしまった。



「(び、びっくりした……)」



ありがとうございましたー、とお客さんを見送る花岡くんには気付かれないよう、こっそり胸に片手をあてて息を吐く。

も、もう……花岡くんはいつも、淡々とした口調を崩さないから。こうやって会話してるうち、本気なのか冗談なのかわからないことが多々ある。

ほんとにもう、心臓に悪いなあ……。
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