ちょっと黙って心臓
相変わらず、室内のふたりはドアの向こうにいる私たちの存在なんて気付きもしないで。あられもない声をあげながら、行為に及んでいる。

……なんで課長、こんなに落ち着いてるんだ。私が提出した書類読むときと同じ表情してるよ。

あ。もしかして。



「課長、もしや……あなたも過去に会社でにゃんにゃんの経験がおありですか?」

「………」



内緒話をするように、ドキドキしながら口の横に片手をあてて訊ねた私を。

なんだかすごく白けた表情で、堤課長が見下ろしてくる。



「え、なんですかそのカオ。別にそれ知っちゃったからって、私課長のこと今さらヘンな目で見たりしないですよ」

「……ずっと思ってたけど。千葉って、変わってるよな」

「不本意ですが、よく言われます」

「………」



ひとつため息をついた堤課長は、そこでなぜか、何かを思案するような素振りを見せた。

何気なく、その様子を見守っていると。ちらりと私を一瞥した課長が、音もなく、目の前のドアを閉める。



「えっ、課長??」



思わず普通の音量で声をあげてしまった私を、シッと人差し指を口の前に立てることで諌めて。

それからなぜか、堤課長は私の左手を掴んでさっさと歩き出した。


ただでさえ、この人は背が高くてコンパスが長い。

そんな課長の早足に、足がもつれそうになりながら必死でついて行く。



「かっ、かちょう……っ?」

「千葉、彼氏いたっけ?」

「へぇっ?!」



スタスタ歩みを止めないままの唐突な問いに、思わず素っ頓狂な声が出た。

「い、いませんけど」って、もごもご答えたら。斜め前に見える課長の口角が、少しだけ上がった。
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