ポケットにキミの手を

今日のお客さんの話なんだけどさ。
最近結婚したらしいんだけど、気恥ずかしくて結婚指輪を会社で外してたら失くしたんだってよ。
丁度俺が行ったらさ、慌てて探しているところで。
ほら、なんとなく一緒に探さなきゃって気がするだろ?
見てくれよ、これ、スーツの膝が真っ白。


桐山さんはそう言って、俺に見せつけるように長い足を前に出す。
確かに、ダークグレイのスラックスの膝のあたりだけが白っぽくなっている。

たまたま帰社タイミングが一緒になり、桐山さんと二人社内の喫煙室に直行した。
俺は煙草は吸わないので、手慰みにコーヒーを片手に持っている。


「膝ついて探したんですか。そりゃ汚れますよ」

「でもさ、オーダーメイドの指輪で、なくしたら離婚させられるって半泣きになられりゃさぁ。探さないわけにはいかないだろ」

「まあ、そうですね」


そもそも、俺には“恥ずかしいから結婚指輪を外す”という考えが分からないので、その半泣きには同情しないけれど、オーダーメイドという言葉は気になった。


「結局仕事の話なんてほとんど……」

「どんな指輪なんですか?」


桐山さんの話を遮るようにして身を乗り出すと、桐山さんは意外、といった顔をする。
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