ポケットにキミの手を
そう言いつつも、口の端が勝手にニヤついてきたので、慌てて頬杖をつくふりをして口元を隠す。
元婚約者である綾乃に対しては、いつもどこか不安があったように思う。
でも菫に対しては、なんとなく漠然とした自信を感じている。
愛情が欲しくて、だけど自分に自信が持てないから素直に愛されたいとも言えない彼女の気持ちを、俺は汲みとってやれてるんじゃないか? なんて。
そのまま、脳内に彼女の困った顔や俺の挙動にいちいち振り回されてくれる姿が思い浮かぶ。
やばい。顔の緩みが収まらない。話を元に戻さないと。
「元々、俺は結婚願望は強いんです」
咳払いをしてからそう言うと、桐山さんはそうかなぁと煙と共に息を吐き出す。
トントン、と灰を落とす指先は楽しそうなリズムを刻んだ。
「そんないいものでもないかもよ。結婚は人生の墓場って名言もあるぜ?」
「人間最後に行き着くとこは墓場ですよ。快適な墓場ならそれもありです」
「はは。何言っても無駄そうだな。まあ、押しが強すぎて相手に引かれないようにだけしろよー」
ポンと肩をたたき、桐山さんは煙草を灰皿に押し付けて消すと、喫煙室を出て行った。