ポケットにキミの手を
「俺んちも兄貴夫婦が同居してるよ。家を出たのは菫と似たような理由だ。無意識に比べられるのは気分がいいもんじゃない」
「司さんも? 嘘みたい。司さんは素敵なのに」
「親にとっては兄貴が一番なのさ。俺は別に全員の一番になりたいわけじゃないから。菫にとって一番ならそれでいいよ」
サラリというと、菫は顔を赤くして微笑む。
「私には司さんが一番です」
「俺も、菫が一番可愛いよ」
「でも、それはまだお姉ちゃんを見てないから」
折角笑ったのに、また寂しそうな顔になった。
どうも彼女のコンプレックスはかなり根が深そうだ。
「じゃあ、俺がお姉さんと話して、菫のほうがいいってところを見つけてやるよ」
「え?」
「菫は俺の言葉なら信じるんでしょ?」
キョトンと俺を見つめていた菫の瞳が潤みを帯びてきて、同時に口元に笑みが浮かぶ。
その顔だけで、俺はとても幸せな気分になる。
「司さんって、いつも魔法使いみたい」
「そうだね。俺にとっては菫もそうだよ」
「私は何もしてないです。励まされてばっかり」
俺は、自分がキミを励ませることが嬉しいんだ。
菫にそう伝えて分かってもらえるかは分からないけど。
「まあいいよ。これで決定な? 土曜の朝に迎えに来るから」
「はい」
彼女の家族に会うってのは、柄にも無く緊張するもので。
俺は週末までの間に、髪を切りに行ったり新品のスーツを購入したり、おみやげ品を物色したり、かなり落ち着かない日々を過ごした。