ポケットにキミの手を
会社の最寄り駅からの通勤路。朝の通勤ラッシュ時で、歩道は人であふれている。
彼女は周りを見渡して、「誰かに聞かれなかったですかね」と心配そうに問いかけた。
まあ、この人混みの中には確かに同じ会社の人間も含まれてはいるだろうけど。
「別にいいよ。まだ会社に入ったわけでも無いし。通勤途中はプライベートじゃない?」
「でも、誰に聞かれてるかわからないし。その……」
すぐ人目を気にするところは変わっていない。気づいた途端にオドオドとするのも、付き合う前と後で変わらないところの一つだ。
「俺としては噂されても構わないけどね。ほら、行くよ」
俯く彼女の手を引っ張る。すると今度は顔を真っ赤にして辺りをキョロキョロ見ながら、「て、手をっ」なんて離そうとするから、俺はもっと強く握って、自分の傍に引き寄せる。
「手を繋がれたくないなら、ちゃんと俺の隣を歩いて」
「は、はい」
「遅れるようなら手を引っ張るよ?」
釘をさして手を離す。
顔を赤くしたままの彼女は、必死な顔で早足の俺についてくるから。
「……っぷ」
「え? なんですか? なんで笑うの?」
「いや、可愛いなと思って」
「かっ……」
俺の一言に反応して、ますます顔を赤く染める菫。
堪らないってこういう感覚を言うんだよな。
追い詰めて翻弄して、俺のことだけ考えさせたくなる。