ポケットにキミの手を


 食事を終え、ロビーまで一緒に出る。
和気あいあいとはいえないけれど、お母様も結婚には納得してくれたようだった。と言うよりはむしろ、司さんを説得するより私を丸め込んだほうが早いという結論に至ったのかもしれない。


「とにかく、家のことは私に聞くといいわ。司は何でも簡単に済まそうとするけど、結婚ってそういうものじゃないんですからね」

「は、はあ」


別れ際まで続けられるそんな会話に若干辟易はしていたのだけれど、ただ微笑んで聞いていた。

私は他のことでは無理だけど、お母様に対してだけなら、司さんの盾になってあげられるんじゃないかと思って。
使命を帯びた勇者のように謎の勇気が湧いてきていた。

先にお母様達を見送って車に乗り込むんで、二人共大きなため息をこぼした。
思わず顔を見合わせて、吹き出したのは私が先だ。


「司さん、凄く疲れてる」


司さんは私をじっと見て微笑んでいる。


「驚いたろ、強烈な親で」

「はい。でもそれはお互い様です。お父様は優しかったし」

「親父はちょっと変わったな。昔は家のことには何も口を出してこなかった。……仕事が忙しいからさ、任せっぱなしにしてるってのもあったんだろうけど」

「時は流れてるってことですね」


その瞬間、視界が暗くなった。私の方に顔を寄せた彼の唇の温かさがおでこに落ち、肩を引き寄せられる。


「……うん」


感じ入った風の彼の声は、あまり聞くことがなくて。
私でも、心配させるだけじゃなく、何かできることがあったでしょう? って、少しだけ得意な気分になった。


「これからは一緒の時間の流れの中にいたいです」

「一生ね」


優しい声が、ご褒美みたい。
そこがホテルの駐車場であることも忘れて、私達はしばらくそうして互いの体温を心地よく感じていた。

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