ポケットにキミの手を
教えちゃいけないのかしら。
まあ、他の企業の人にまで言いふらすようなことでもないものね。
「いえ」
司さんの意を汲んだつもりだったのに、私の返答に目をむいたのは司さんだ。
「は? 違うだろ」
「え?」
そして、すぐに西崎さんの方に向き直ると一気に言う。
「達雄さん、俺の彼女の塚本菫です。来年には結婚する予定なんです」
どうしちゃったの、この余裕のない感じ。
いつもと違う司さんに、私はなんだか不安になってくる。
「そうか。良かった。こんな可愛らしい相手が見つかったんだな」
西崎さんの方は、穏やかな笑みを浮かべたまま笑う。
「アヤも安心するよ」
「……そう、ですね」
司さんの返事が歯切れが悪かったように思うのは気のせいだろうか。
やがて私達の料理が運ばれてきて、司さんは私をせっつくようにして食べた。
行く場所が同じなんだから一緒に行けばいいと思ったのだけど、彼は「じゃあ、達雄さん、お先に」と言って立ち上がり、私を引っ張るようにして店を出た。
何かがおかしい。
前を見ながら一心不乱に歩く彼。
足取りが早くて、一生懸命ついていってるつもりだったけど、ついにパンプスがカクっと曲がってよろけてしまう。
「おっと」
バランスを崩した私に気づいて、彼の腕がいち早く前に出て私を支える。
こういう時に、すぐ気づいてくれるところはいつもの司さんなのに。