ポケットにキミの手を
「ごめんなさい」
「いや。ごめん。俺速かったな。……悪かった」
「なんか……司さん変じゃないですか?」
「別に」
「変ですよ。なんか……」
そう、西崎さんと会ってから。
もっと言えば、“アヤ”という名前が出てから、司さんは笑っていない。
美亜さんとの過去は、気にならない。
司さん自身が、気にしていないから。
だけど、これはさすがに気になる。
今まで聞いた司さんの過去で、彼にこんな顔させる人は、指輪の彼女以外には思いつかない。
何かの拍子に名前も聞いたことがあったはず。
確か……綾乃さん。さっきの彼も“アヤ”と言った。
これはもう間違いないと思うの。
「……さっきの人、もしかして」
「は?」
「司さんの、昔の彼女さんの……」
傷ついたような司さんの表情に、何故か私がショックを受ける。
いつも余裕の司さんをこんな風に動揺させることが出来るのは、彼女の存在が今でも彼の中でものすごく大きいからなんじゃないかと思ってしまって。
黙って見つめていたら、彼はため息をついて私の頭をポンと叩いた。
「ごめん。心配するようなことはなにもないよ。ただちょっと驚いただけ」
「でも」
「今日の夜、一緒に食べよう。後で電話する」
いつもの笑顔になってそう言うと、彼はまた歩き出した。
私の不安だけを、胸の奥に残したまま。