ポケットにキミの手を


「すみません。呼び止めてしまって」

「いや、俺も聞きたいことがあったんで」


緊張は一気に崩れて、私達の会話も砕けてくる。

「少しだけお話できませんか?」と彼が笑うので、玄関ホールまでお見送りしてそこで立ち話をした。


「変なこと聞くけど、……司くんとはいつから?」

「えっと、……去年……です」


西崎さんはたどたどしく話す私を目を細めて見つめて笑う。
なんだか、とても穏やかな人だ。“凪の海”って言葉が頭に浮かんでくる。


「そうか。良かった」

「あの、もしかして彼の昔の……」


迷いつつも綾乃さんとの関係を聞こうとしたら、途中で西崎さんがしーと指先で制した。


「彼の昔のことは気にしなくても大丈夫」

「え?」


思いがけない一言に、言葉が続かなくなった。


「……司くんは本当にいい男だから、君はきっと幸せになれるよ」

「あ、ありがとうございます」


西崎さんの方は司さんに対して思うところはないのかしら。
嫉妬とかそういう感情を全く感じないのだけれど。

でもいざこざがあったであろう人から司さんを褒められたのが嬉しくて、私はそれ以上聞く気が無くなってしまった。

今の彼の恋人は私だもの。
私は彼を信じていればいいんだわ。


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